努力しているのに届かない

美大受験、とくに東京藝大の受験では、何年も浪人して挑戦を続ける人が珍しくありません。

その中には、誰よりも長い時間描いていて、技術も十分にあるのに、なぜか合格に届かない人がいます。旧版を書いた当時、予備校で何人もそういう先輩や仲間を見てきました。

このページでは、そうした「努力しているのに届かない」状態に陥りやすいパターンと、そこから抜け出すための考え方を紹介します。旧版のタイトルは「五浪して受からない本当の理由が判明」でしたが、もちろん理由は一つではありません。ここに書くのは、その中の大きな一つです。

競争意識は創造性を下げるのか

倍率の高い大学を受験していると、「これは受験戦争だ」「周りはみんなライバルだ」と言われることがあります。競争意識を自分のモチベーションにして描く人もいます。

ところが、心理学には、競争を意識させると作品の創造性が下がる可能性を示した研究があります。

アメリカの心理学者テレサ・アマビールが1982年に発表した研究では、7歳から11歳の女の子たちに紙のコラージュを作ってもらいました。一方のグループは賞品をかけて競い合う条件、もう一方のグループは賞品が抽選で決まると伝えられた条件です。できあがった作品を芸術家たちが評価したところ、競争しなかったグループの作品の方が、創造性の評価がはっきりと高くなりました。

また、テキサス大学のロバート・ヘルムライクらは、博士号を持つ100人余りの科学者について、研究への取り組み方と、その論文がほかの研究者からどれだけ引用されているかとの関係を調べました。その結果、仕事への熱意や課題を極めたいという気持ちが強く、一方で他人に勝ちたいという競争心は強くない人ほど、よい成果を上げている傾向が見られました。

ただし、話はそう単純ではない

旧版では、これらの研究を根拠に「競争意識を持つと受からない」とかなり言い切っていました。けれど、研究の中身をもう少し丁寧に見ておきたいと思います。

アマビールの研究では、競争しなかったグループは創造性の評価が高かった一方で、技術的な面に関わる一部の評価では、競争したグループより低い結果も出ています。つまり、競争は「うまく仕上げる」方向の力を引き出すことはあっても、「自由な発想」の方を狭めてしまう可能性がある、というのがより正確な読み方です。

その後の研究では、競争への反応は人によって違い、競争の場面でかえってやる気が高まる子どももいることが報告されています。競争がすべての人に悪いわけではありません。

美大受験に当てはめると、技術を磨く段階では、周りと比べることが刺激になることもあります。けれど、技術が一定のレベルに達したあと、合否を分けるのは、その人ならではの発想や表現です。そこで競争ばかりを意識していると、せっかくの技術を生かしきれなくなるおそれがあります。

多浪しやすいパターン

旧版で私は、「現役生が落ちる原因は実力不足で、浪人生が落ちる原因は競争意識によって自由に描けないことだ」と書きました。少し言い過ぎですが、今も一つの見方としては的を外していないと思います。

予備校で見てきた経験から、技術はあるのに合格に届かない人によく見られたパターンを挙げておきます。

周りに勝つことが目的になっている:講評の順位や、隣の人の作品ばかりが気になり、自分が何を描きたいのかが見えなくなっている。

第1次試験を通ると急に固くなる:「次こそ受かるかもしれない」と意識した瞬間から、いつもの伸びやかさが消えてしまう。

同じ描き方を繰り返している:去年までうまくいった描き方や、予備校で評価された描き方から抜け出せず、作品が年々「こなれた受験の絵」になっていく。

受験そのものが生活のすべてになっている:何年も受験だけの生活が続き、描くことが楽しくなくなっている。

どれも、努力が足りないのではありません。努力の向きと、描くときの気持ちの問題です。

抜け出すための考え方

なぜ描くのかに立ち返る

アマビールの研究は、描くこと自体への興味や楽しさといった内側からの動機が、創造性を支えることを示しています。合格したいという気持ちとは別に、自分はそもそも何を描きたくて、描くことの何が好きだったのかを、もう一度思い出してみてください。

比べる相手を変える

周りの受験生ではなく、去年の自分、先月の自分と比べましょう。考え方は長期戦の受験メンタルを保つでくわしく書いています。

何かを一つ変える

同じ環境、同じ描き方で同じ一年を繰り返せば、結果も繰り返しになりがちです。予備校を変える、講習会や独学を組み合わせる、課題の外で自由に描く時間をつくる、画材や描き方を一つ変えてみる。何か一つでも、去年と違うことを取り入れてください。学び方の選択肢は予備校か独学か、学び方と費用で紹介しています。

最後の試験まで自由に描く

旧版では、「むしろ最後の試験が終わるまで気を張りすぎず、自由な発想で描き続けた方が受かるかもしれない」と書きました。準備は徹底的に。けれど、試験の画面の前では、競争のことを忘れて、目の前の一枚を楽しむくらいの気持ちで描いてください。

続けるか、別の道を選ぶか

浪人を続けるかどうかは、とても個人的な決断です。何年かけても挑戦を続ける価値があると考える人もいますし、別の大学や別の学び方を選んで、そこで力を伸ばす人もいます。

どちらを選んでも、それは負けではありません。美大に入ることはゴールではなく、描くこと、つくることを続けていくための一つの手段です。ほかの大学に進んでから大学院で学び直す人も、大学に行かずに作家として活動を始める人もいます。

次の一年をどう過ごすかを決めるときは、家族や信頼できる人とも話し合い、自分が納得できる道を選んでください。美大を出たあとの進路や、大学院という選択肢については美大の大学院受験(外部受験)の実際や、右のメニューのページも参考にしてください。