伸びる人の共通点

美大受験で力が伸びる人と、伸び悩む人の違いは、才能の差だけではありません。

旧版で私は、合格した人たちに共通していたのは「考え方」だったと書きました。中でもはっきり差が出るのが、自分の作品に対する指摘や講評を、どう受け取るかです。

同じことを言われても、それを次の一枚に生かせる人と、落ち込んで手が止まってしまう人がいます。その差は一枚ごとには小さくても、何十枚、何百枚と描く受験期を通して、大きな差になっていきます。

指摘されているのは作品であって、あなたではない

一生懸命描いた作品に厳しいことを言われると、自分自身を否定されたように感じてしまうことがあります。とくに絵は、自分の内側から出てきたものなので、なおさらです。

けれど、講評で指摘されているのは、あくまで「その一枚の、その部分」です。形が狂っている、明暗が弱い、構図が窮屈だ。それは、あなたという人間の価値とは関係がありません。

旧版では、指摘を人格の否定のように受け取って自己嫌悪に陥り、次の作品に向かえなくなってしまう人のことを書きました。指摘と自分とを切り離して考えられるようになるだけで、講評はずっと役に立つものに変わります。

講評を次の一枚に生かす手順

講評を「聞いて終わり」にしないために、次のような手順を習慣にしてみてください。

1. その場で書き留める:言われたことは、講評のあとすぐにメモしておきます。時間がたつと、言われた言葉よりも、そのときの気持ちの方が強く残ってしまうからです。

2. 事実と気持ちを分ける:「悔しかった」「恥ずかしかった」という気持ちと、「影の形が違う」「画面の上半分が空いている」という指摘の中身とを分けて整理します。

3. 一つに絞る:たくさん指摘されたときは、全部を一度に直そうとせず、次の一枚で直すことを一つか二つに絞ります。

4. 次の一枚で試す:絞った課題を意識して描き、前の作品と並べて比べます。直ったかどうかを自分の目で確かめることで、講評が自分の力に変わっていきます。

この流れは、受験計画の立て方で紹介する「計画し、描き、振り返り、直す」サイクルの一番小さな単位でもあります。

意見が食い違うとき

予備校に通っていると、講師によって言うことが違う、ということがよくあります。ある講師にはほめられた部分を、別の講師には直すように言われることもあります。

そんなときは、どちらが正しいかを決めようとするより、それぞれが何を見てそう言っているのかを考えてみてください。多くの場合、見ている角度が違うだけです。

旧版にも書いたように、合格する人は人の意見をまったく聞かないわけではありませんが、周りの意見にぐらつきもしません。意見を受け止めたうえで、自分が目指す作品に照らして、取り入れるものと取り入れないものを自分で選んでいます。そのための軸になるのが、自分の描き方の型です。

落ち込むのは当たり前

とはいえ、厳しい講評のあとに落ち込むのは、誰にでもあることです。合格した人たちも、何度も落ち込んでいます。

違いがあるとすれば、落ち込んだあとに、また立ち上がれるかどうかです。落ち込んだ日は無理に切り替えようとせず、少し休んでもかまいません。好きな画家の作品を見る、描くことと関係ないことをする、誰かに話を聞いてもらう。自分なりの立ち直り方を持っておきましょう。

そして、自分を責め続けないことです。心の中で自分を追い詰めても、次の一枚は良くなりません。「今日の一枚はうまくいかなかった」と、作品のこととして区切りをつけてください。

ただし、講評の場で作品ではなく人格を傷つけるような言葉を繰り返し投げかけられるなら、それは我慢すべき講評ではありません。家族や学校の先生、予備校の事務局など、信頼できる人に相談してください。

独学の人のセルフ講評

予備校に通っていない人は、講評を受ける機会そのものが少なくなります。そこで、自分で自分の作品を講評する習慣をつけましょう。

時間を置いて見る:描き終えた直後は、自分の作品を冷静に見られません。一晩置いてから見直すと、描いている間は気づかなかった狂いが見えてきます。

見え方を変える:スマートフォンで写真を撮って小さな画面で見る、画面を逆さにする、鏡に映す。見慣れた自分の絵を「知らない人の絵」として見ることで、形や明暗の問題が浮かび上がります。

合格作品と並べる:同じような課題の合格作品と自分の作品を並べ、どこが違うのかを言葉にしてみてください。

そのうえで、学校の美術の先生や講習会など、ときどきは他人の目で見てもらう機会もつくりましょう。方法は予備校か独学か、学び方と費用で紹介しています。